春水堂はタピオカミルクティーの店じゃない——日本人が9割見落とす、本当の使い方
春水堂のレジで、日本人観光客が「タピオカミルクティーをひとつ」と注文するのを、後ろから何度も見てきました。完璧に正しい注文です。タピオカミルクティーの世界的な発祥店ですから、当然の選択。
でも、毎回ちょっとだけ、もったいないなと思うんです。
なぜなら、春水堂は本来「タピオカの店」じゃないからです。
1983 年に発明されたのは、タピオカじゃない
春水堂の公式サイトを丁寧に読むと、面白いことが書いてあります。
タピオカミルクティーが春水堂の店頭に正式に並んだのは、1987 年 3 月。世界初のタピオカミルクティーがここで誕生したのは事実です。
でも、春水堂の前身である「陽羨茶行」が台中四維街に開業したのは、それより 4 年前の 1983 年 5 月。このとき、創業者の劉漢介氏が世に出したのは、タピオカではなく——泡沫紅茶(フォームティー)でした。
熱いお茶を西洋のバーで使うシェイカーで振って、冷たい泡立つお茶にする。当時の台湾の茶業界では前例のない発明で、これが「冷たいお茶を真剣に飲ませる」という新しい文化を作りました。
つまり、春水堂が本当に始めたのは、タピオカというトッピングではなく、「茶藝館で冷たいお茶を楽しむ」というジャンルそのものだったわけです。
タピオカは、その 4 年後に追加された一つのバリエーション。確かに大ヒットして、世界中に広まったのはタピオカのほう。でも、春水堂のメニュー構成を見れば、店としての主役はずっと「お茶」のままだということがわかります。
メニューを開いてみてください
春水堂の店内メニューを実際に見たことがありますか?
タピオカミルクティーは数あるドリンクの中の一つに過ぎません。メニューの中心は——
- 鉄観音(半発酵茶の代表格)
- 凍頂烏龍茶
- 包種茶(軽発酵で花のような香り)
- アールグレイ(春水堂のオリジナル配合)
- 茉莉緑茶(ジャスミングリーンティー)
- 東方美人(蜜の香りがする半発酵茶)
これらが純粋にお茶として、あるいはミルクティーとして、季節のフルーツを合わせたバリエーションとして、ずらりと並んでいます。タピオカは「お好みで加えられるトッピング」という位置づけです。
正式名称も「春水堂人文茶館」。「人文」の二文字が入っているのは偶然じゃありません。お茶を文化として扱う、という姿勢の宣言です。店内には宋代の文人文化を意識した「生活四芸」(華・画・楽・茶)の要素が散りばめられています。
在地人はどう注文しているか
タピオカミルクティーだけで店を出るのは、鼎泰豊で小籠包だけ食べて出るのと似ています。間違いじゃないけど、半分しか味わっていない。
台湾在住者が春水堂でよく頼むパターン、いくつか紹介します。
パターン 1:お茶+茶点
純粋なお茶(ホット or アイス)に、店の軽食メニュー——「小春日燒」(春水堂オリジナルの焼き菓子)、「雞蛋糕」(卵蒸しケーキ)、「滷味」(茶葉と醤油で煮込んだおつまみ)——を合わせる組み合わせ。お茶と茶点という、本来の「茶館」の使い方。
パターン 2:泡沫紅茶を頼む
タピオカミルクティーじゃなくて、その前身である「泡沫紅茶」を頼む。1983 年の発明品そのものを味わう、というツウな注文。シェイカーで振った泡が独特で、タピオカミルクティーとは別物の飲み物です。
パターン 3:食事も含めて
春水堂は実は食事メニューも充実しています。麺類、ご飯ものまである。タピオカで甘いものを取る前に、塩気のあるものを一品。台湾人の感覚では、春水堂は「お茶のついでに軽食を取る場所」というよりも、「軽い食事と一緒にお茶を楽しむ場所」に近い。
創始店は台中、でも台北にもある
タピオカミルクティーの「世界発祥地」として有名なのは、台中四維街にある創始店。ここは記念館的な作りで、店内に春水堂の歴史展示がある、いわば聖地です。
でも、台北からわざわざ台中まで行かなくても、台北市内に複数の支店があります。中山、信義、市政府、誠品などの主要エリアにあるので、初めての台湾旅行で「春水堂体験」をするなら、台北の支店で十分です。日本の支店(代官山、表参道など)と比べても、台湾の春水堂はメニューが豊富で、本格的に楽しめます。
ただし、聖地巡礼として「タピオカの世界発祥地に立つ」という体験が欲しい人は、台中創始店まで足を伸ばす価値はあります。台中高鐵駅から MRT で 20 分くらい。
このノートで触れないこと
正直に書いておくと——
翰林茶館との発明者論争については、ここでは深入りしません。台南の翰林茶館も「タピオカミルクティーを発明したのはうちだ」と主張していて、両者は 10 年以上裁判で争った歴史があります。最終的に裁判所は「タピオカミルクティーは新しいタイプの飲料で、特許の対象ではない」と判決を下し、どちらも独占権は取れませんでした。複雑な歴史なので、興味のある方は別途調べてみてください。
外帯(テイクアウト)専門のチェーン店——50 嵐、可不可、CoCo 都可、一芳など——も、このノートでは扱いません。あれは別ジャンル、別の楽しみ方の話です。
もっと本格的なお茶を楽しみたい人には、春水堂じゃなくて、もっと小規模で職人気質の茶藝館をおすすめします。ただしそれは中級者向けで、初めての台湾なら春水堂で十分、というかむしろ春水堂がちょうどいい。
結論
春水堂に行ったら、タピオカミルクティーを頼んでもいい。発祥店だから、それも一つの体験です。
でも、もし席に座る時間があるなら——お茶単品を一杯、それと一緒に何か小さい食事か茶点を。タピオカは、その後でもいいんです。
タピオカは入り口。春水堂の奥には、もう一杯のお茶が待っています。
by ゆきひめ(台湾在住・グルメ手帖)